朝焼け3.7

目の届く範囲の、日記みたいな写真を撮っています。

朔日書簡—12月

しわーっす(ちわーっすと三河屋のサブちゃんのノリで)
学生時代から友人とやっていた師走をトビキリ楽しく過ごす魔法の挨拶。魔法の効果はあまり実感できないけれど、時節の挨拶の大切さと、それとともに始まるやり取りってのは魔法なんかより重要だ。

 


今も、12月になるととりあえずスマホで「しわーす」と打って送りあっている。おじさん同士の謙遜合戦は虚しいけれど、おじさんのじゃれ合いというのは人の心にどんな影響を及ぼすのだろう。どこかに研究している方はいらっしゃるのだろうか。


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12月1日。先月の振り返りと、今月に向けての所感。

 

 

 

11月になってから一気に日が短くなったように感じる。夕焼け空を見逃して、気づけば星月夜。冷え込みと同時に空気が澄んで自然と空や遠くの景色に目がいく。皆既月蝕をみんなで見れたのもよかった。上旬は風もそんなに吹いていなかったから、夜庭に出て空気が冷え込むのを感じながらボーっと空とか眺めるのが気分転換になった。

 

まず我が家にとって今年一番のイベントである息子の七五三。天気もなんとか晴れ間を拝めたし、子どもたちの体調も大丈夫でほっとした。写真も撮りたかったシーンは撮れたからオッケー。あとは半年ぶりにシャッターを切ったブロニカで撮ったフィルムがどうでるか。RAW現像は一通り済ませたけれど、なんか、lightroomを立ち上げる度にちょいちょい手を加えてる。踏ん切りはいずこへ。今度の土日で一区切りにするとここで宣言しとこ。そんで七五三の写真日記も早く下書きから外に出したい。

 

そして、七五三の翌週には久しぶりに家族で旅をした。旅って書くとちょっと気恥ずかしいけれど、情緒はかもしだせる。ただ、子どもたちと一緒だと情緒ってより楽しさの方が前に出るな。そういう時はやっぱり「旅行」って感じがする。

とにかくいい旅行になった。まぁ、ただ七五三の写真の区切りがつかないので、旅の写真はまだ熟成させている。熟してよくなるならみんなRAWデータ寝かせるよね。なんとなく、七五三に片が付かないと11月が終わらない。

 

 

 

12月の所感

こちらは熟すほどよくなるミカン。まだ少し残っている。今シーズンは採りきってジャムやら何やらに加工する。家で採れるものは躊躇なく皮まで使えるからいいよね、と妻が言う。考えてみれば、そりゃぁいいことだよね。普通は捨てるとこまで食べられちゃうわけだから。ジャムの完成が楽しみだ。

 

 

あと庭で育てた鷹の爪がいい感じに乾燥できたので、オリーブオイルにぶち込んで「ピザってよりピッツァを提供しているお店のテーブルに置かれてる辛いオリーブオイル」を作った。これで家にいながら気分はピッツェリアだわボーノ。こんだけピッツァが浸透してて、なんとなく「ピザ」と「ピッツァ」の違いも分かっているのに、なかなか「ピッツァ食べに行こ」とは口に出せないところが、人を口説くときの違いに表れたりしてることはない?

 

12月になると「今年ももう終わるね」という言葉をよく聞く。個人的には年の瀬のアノ雰囲気が大好きなので今年も終わるという感覚より、今年も年の瀬がはじまるという感覚に近い。途中にあるクリスマスも含めて好きよ。これから冬に向けて色々と準備をするのも楽しいな。人も獣も冬ごもりだ。「冬ごもり」この言葉の響きが好きで写真や日記のタイトルによく使う。

冬ごもりって「寒いけれど冷たくたくない」そういうイメージがある。この温かさを感じるイメージの源流は、僕の場合『たのしいふゆごもり』という絵本にあると思う。

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子どもの頃、よく母が読んでくれた。いいんだよな。絵と文が人肌の温もりがある。登場するのは熊の親子なので熊肌の温もりとも言える。この前実家でこの本を見つけた。残してあるなんて、ちょっと感動した。うちの子どもたちにも読んであげようと思っている。そんで冬好きを遺伝させる。

寒いけれど、冷たくはない。そんな冬を今年も過ごしたい。