朝焼け3.7

目の届く範囲の、日記みたいな写真を撮っています。

豊かさは時間の中に

相当な夏日になることが分かっていたの水遊びができる公園へ出かけた。僕のウッカリで水鉄砲やらのオモチャを忘れてしまったけれど、子どもたちは水だけで随分楽しそうにしていた。子どもって水が好き過ぎやしないか。キッチンで、風呂で、洗面所で、水を使うシーンがあれば遊ぶ機会をうかがっている。その水好きな子どもたちも今日の炎天下は疲れたらしく帰りの車が動き出してすぐ眠ってしまった。

ステレオの音量を、走行音と同じくらいの大きさまで絞る。いっそミュートしてしまってもいいのかも知れないけれど、こっちの方がよく寝てくれる気がするし、音楽とロードノイズが混ざった音がいい雰囲気を作ってくれる。いい時間をすごしている。

この"いい時間"は、たとえば学生時代のプール後の授業とか、部活仲間との帰り道とかと似ている。大人になってからそうした時間を感じる事はないんだと思っていたけれど、そんなことはなかった。間違いなく、今豊かな時間の中にいる。

スースーと寝息が後ろから聞こえてくる。ささやかな幸せではあるけれど、今の自分を支えているのはこうした小さな積み重ねなんだと子どもたちに教えられる毎日だ。

 

お題「ささやかな幸せ」

今年の桜

桜はカメラを持っている人をあぶりだす。毎年、桜の時期になるとカメラを持ち歩いている人をよく見かける。この人たちは普段どこで写真を撮っているんだろう。鉄道、ポートレート、風景、人それぞれ好きなものを撮っているけれど、この時期だけはみんなそろってカメラを上に向けて写真の春を楽しんでいる。みんな桜が好きなんだろうな。

 

今年は桜を撮りに行くことがなく4月が終わろうとしている。職場の昼休みや、たまたま出かけた先で桜を撮っているので、桜を撮っていないわけではないけれど、桜を撮りに出かけてはいない。
写真趣味ではない人にとっての「桜は見たけれどお花見には行ってない」状態だ。

ちょうど見ごろの時期に子どもたちが次々と風邪をひいてそれどころじゃなかった。撮る気になれば、もっといろいろ撮れただろうけど、それをしなかったのは心の余裕がなかったんだろうな。よくも悪くも子どもたちの体調次第で親の心持ちが影響される。それでも、どうにか桜の写真を撮るんだから、桜が好きだし写真が好きなんだと思う。

 

街中に咲いている桜のほとんどは、自生ではなく植樹によるものらしい。街づくりをする時に誰かがここに桜を植えようと声をあげたという事なんだろうか。春になる度に街の人が顔を上げて楽しめるように。そういう仕事をしている人たちがいるんだろうな。ほんとの所は知らないけれど、ロマンがあればそれでいい。桜にロマンは付き物だ。

 

また来年、今度は満開の下で会いましょう。

記憶よりも遠く、思い出よりも近く

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義実家に泊まった日の翌朝は、裏手の高台に登って写真を撮るのが習慣になってきました。子どもたちを起こさないように支度を済ませてそっと部屋を出る。僕が居間に顔を出す頃にはお義父さんが起きていてストーブに薪をくべている。カメラを提げた僕に「精が出るねぇ」と嬉しそうに言葉を掛けて、二人で火に当たった。

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幡野さんからの手紙

写真家 幡野広志さんの
「#誰かの写真を現像して恥ずかしいコメント一緒に返送した」企画に応募してみました。ハッシュタグ名の通り、幡野さんにRAWデータを送ると、幡野さんによる現像データと写真についてのコメントを送ってもらえるというもの。応募してくる人も大勢いるらしいことは分かっていたのでダメ元でデータを送ると、2、3日後に幡野さんからメッセージと共にデータが送られてきました。

目に留めてもらえるか分からないけれど、またとない機会なので玉砕覚悟の真っ向勝負で送った20枚余りの写真。だからこそ、ここまで褒めて頂けたのが本当にうれしかった。早々と2022年の10大ニュースに数えたい。それくらい嬉しいできごとでした。

僕の写真との向き合い方って、これでよかったんだと安心した。プロじゃないし、楽しく撮ってるので何かにプレッシャーを感じているわけではないけれど、褒めていただいた事の嬉しさ以上に安心感が大きかったんだと思います。

 

職場の休憩中に幡野さんからの返信を見た僕は、休憩後も嬉しさが隠し切れていなかったので、後輩から「なんかいいことありました?」と聞かれた。マスク越しでもわかるくらいニヤついていたのかもしれない。「うん、チョットね」なんて答えたけれど、チョットで済む嬉しさではありませんでした。


帰宅後、妻にも一部始終を話すととても喜んでくれました。妻はこの時、はじめて幡野さんのことを知ったらしいけれど、幡野さんの文章を読んで一言「人柄が出てる書き方だね、なんかいいね」と言った。そういう所に惹かれて多くの人がこの企画に応募したのだと思う。

 

アドバイスを参考にRAW現像を。幡野さんのコメントの随所に、正解不正解、善悪ではなく、自分ならばこうだけれど、参考にどうですか?という書き方になんだか安心できた。

 

Lightroomの参照機能で幡野さんの現像データを見本にして再現像してみたのが以下の写真です。
アドバイス前とアドバイス後、ともに僕の現像です。

※中央のバーを左右に動かすと比較できます

圧倒的に"後"がいい。"前"はのっぺりとしているし、青い色の乗り方もベタぁっとしているような感じがある。妻と子どもたちに自然と目がいくような気がする。
 
 
 
”後”の方が血が通っている。それがこの写真の再現像での第一印象でした。人物写真に関しては他の写真も同じ感想を持ちました。今まで写真全体の雰囲気を優先して主役である人物の良さがあまり出ていない現像方法だったかもしれません。僕は明るいトーンの写真にも、暗いトーンの写真にするような仕上げをしていたようです。
 
 
 
振り返ってみると、妻や親に撮った写真を送ると、なんか暗くない?と言われることがありました。「いや、それがかっこいいんだよ」なんて得意げに言っていたけど、今思うと恥ずかしくて穴を探したい。なんとなく、明るい写真はなんかあまりよくない、しっとり暗めのトーンがうまい、みたいな固定観念みたいなのがありました。

 
 
上の写真は暗いトーンと言うより、ただ暗くなってしまっているし、明暗のメリハリがないですね。これからは明るい写真は、スカッと明るく仕上げていこうと思います。
 
 
そしてマニュアルモードはやめ、撮影に集中するようにしました。今までSSや絞りの設定に手間取って、撮りたいと思った瞬間を結構逃しています。

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こういう瞬間とか、まさにそれです。写真がないわけではないけれど、打率が悪い。マニュアルモードかそれ以外かの選択はシーンによって適正があると思うけれど、基本は絞り優先でいこうと思いました。めちゃくちゃ便利だ。

 
 
 
 
 

暗めのトーンの現像は方向性はそのまま、黒を締めてメリハリをだしました。送って頂いた幡野さん現像の黒の質感が、墨の黒のようで見惚れました。ただ黒いわけじゃなくて黒の中での濃淡や明暗があるような…うまく表現できないのですが、とにかく恰好よかった。遠く及びませんが、あの黒を目指したいです。

 

今回の企画は写真と自分との関わりを考えるとても良い機会になりました。そして何より幡野さんの言葉に安心というか安堵しました。このまま好きな写真を好きなように撮っていいんだよ、と幡野さんの言葉で書かれた手紙をいただいたような感覚です。本当にありがとうございました。今週も楽しんで撮ってきます。

 

 

 

秋に寄り道 Nikon New FM2 × Kodak Proimage100

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気温も景色もすっかり冬の底だけれど、秋の写真に少し寄り道。しばらく撮っていなかったFM2にKodak Proimege 100を入れて散歩に出かけた。

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