朝焼け3.7

目の届く範囲の、日記みたいな写真を撮っています。

春の苦味

「この苦味が春って感じがするね」
菜の花を味わいながら妻が言った。僕も一口食べる。確かに春野菜は柔らかさと甘味の後ろから苦味がやってくる。苦味も含めて春の味覚だ。

 


菜の花、芽キャベツホタルイカ。ここ最近食卓に上がった春の味覚たち。一口食べるたびに先日 妻が言った「この苦味が春…」という言葉が頭に浮かぶ。僕は苦味を感じる度に、春が来たんだなぁとしみじみ思った。

 

春は年度末に向けて業務がワァーっと山積みになる。加えて、環境や人間関係が大きく変わる。業務量の増加と変化に対応しようと削られる精神力。なるほど、これが春の苦味か。甘味もきちんと用意してないと困る。両方合わせて、はじめて春の味覚の良さだろう。芽キャベツを食べながらそんなことを考えていた。

 

 

春は苦味という荒々しさを以てして、リセットやアク抜き、毒抜きをしているような気がする。年度末という区切りをつけて、色々なものが混在している場所を無理やり更地しちゃうようなイメージがある。春の嵐だ。春の苦味を味わいつつ、春の嵐に吹かれている。今きっと春の真っ只中にいるんだろう。

 

子どもの頃、春が来るたびソワソワドキドキしていた。「友達と同じクラスになれるだろうか」「新しい環境で何か新しいことがはじまりそうだ」と、期待に胸を膨らませていた。当時はわざとらしいなと感じた”期待に胸を膨らませる”その心持ちが今はとてもまぶしく感じる。春のときめきで胸いっぱい、苦味なんて味わってる暇がなかったのかもしれない。それが青春だったんだろう。

青春は苦味より甘酸っぱい方がきっといい。

「苦味は”毒がある”って本能で感じとるんだよ。毒だから人は苦味に敏感なんだよ」と妻が教えてくれた。人は毒を表す苦味であっても経験を重ねる中で、うまいと感じるようになるそうだ。

この春の嵐をうまいと感じられるような大人になるのだろうか。一方で、苦いならシロップ入れて飲めばいいじゃんと、いつまでも青くさいままでいたいような気もしている。