朝焼け3.7

目の届く範囲の、日記みたいな写真を撮っています。

深呼吸

初日の出をうちで迎えて、初日の入りを妻の実家で見送る。この流れも定番になってきた。

 

今回は珍しく息子も一緒に行くというので二人で高台を駆け上る。いつもは寒くて付いてきたがらないけれど、この日は雪が残っていたので雪合戦をしようって魂胆らしい。

気持ちのいい眺め。何も急ぐことがないのでひとしきり絶景を眺める。趣味であっても写真を撮っていると自分自身が見ることよりもカメラで撮ることを優先していることが時々ある。それはカメラを持っていれば自然なことだし、撮ることが好きなので目の前の光景を写真に残したいという思いが強い。TPOを弁えて、誰かを傷つけるわけではないなら、好きなだけ撮るのがいいし、僕はそうしている。

けれど、たまに、すぐには撮らないことがある。あえてもったいぶってから撮ったりしている。

 

 

健康で文化的な生活を送っていると、意識せずに呼吸ができる。しかしそれでもあえて深呼吸をすることがある。身体的な息苦しさではなくて精神的な息苦しさを解こうとしたり、思考を一度リセットする意味合いでの深呼吸だ。絶景を目の前に、すぐに撮らないのはさっきの深呼吸に近い感覚なのかなぁと思う。

 

息を吐くように撮っていると言ったら大袈裟だけれど、写真を趣味にしていると感動から撮影までの間隔がどんどん狭まっていく。悪いことじゃないんだけれど、鈍感になりたくない。自分自身をカメラのセンサーにするのではなく、心でその光景を受け止めたい。写真を撮り始めて知ったような口を利く前の自分に戻るために深く息を吸う。

 

グラスを透過する光や、木漏れ日、テールランプと街頭の色。撮影を重ねればきっとそれなりに撮れるけれど、その光景は写真にしたくて撮ったのか、心が動いたから撮ったのか、どっちなんだい?っていう問いが付きまとう。

「その光景は写真にしたくて撮ったのか、心が動いたから撮ったのか、どっちなんだい?」

「どっちも!!!」

僕はどっちもだ。質問に対して食い気味に「どっちも」と答える。自分の満足いく写真も撮りたいし、健全にきれいな景色に心を震わせたい。そのどっちもを両脇に抱えてカメラ散歩したい。趣味というか、好きでやっていることだからそんなに考えなくてもいいんだけれど、たまに、ほんとにたまに、考えなきゃとなる時がある。

往々にして、考えて道が開けた先は既に何回も通ったことのある場所だったりする。

 

正々堂々、巡っていきたい。