「ジンギスカンを食べに行こう」
平たく言うとそんな誘い文句だった。
目の前にニンジンを吊るされた馬がどれだけ早く駆けるのか知らないけれど、ヒトは羊の肉を吊るされると馬車馬のごとく働く。美味いジンギスカンを食うため、仕事、家庭、そして家内安全・無病息災に全力を注いだ。
そして迎えたジンギスカン当日。
久しぶりの東京、新宿。強い思い入れのある場所ではないけれど、いくつか思い出がある。
学生時代、夏休みになると新宿でクリスピークリームドーナツをお土産に買って湘南新宿ラインで群馬に帰っていた。
This is a Takasaki Line train. Special Rapid Service for Takasaki.
車内に流れる英語アナウンスを聞くとなんだか胸が高鳴る。
湘南新宿ラインに乗って帰郷する群馬県人は「籠原止まり」の洗礼を受ける。*1
At first five cars for go only to Kagohara.
籠原止まりにも慣れた頃、初めての籠原止まりに戸惑っている上京1年目と思しき青年がいた。
「高崎までですか?こっちみたいですよ」と声をかけた。
あの青年はいつかの僕だったし、この日の僕はいつの日かの青年になり得るかもしれない。そんな風に思った。自分が体験して嫌だったことは自分の代で終わりにしたい。なるべく他の人に味わって欲しくない。してもらって嬉しかったこと、いい出来事は誰かの手に譲り渡していきたい。
止めていいのは前寄り5両。思いやりまで籠原で止めるわけにはいかない。
青春時代に思いを馳せながら撮り歩く。色々と恥ずかしいようなこともやったなぁと大都会の中心で自分の現在地を確認する。まだ簡単に思い出せるけれど、若い頃と呼んでもいいくらいの時間が流れた。
センチメンタルになりながら新宿ダンジョンをさまよう。
39度のとろけそうな日 炎天下の夢 Let's go! Let's game!
もう、せーので走り出せる年じゃなくなってる。バスで行こう、センチメンタルバス。
カメラにあまり関心がない方だと自覚があるけれど、それでもかっこいいなぁと思っているカメラが目の前にあると胸が高鳴る。持ち歩くならかっこいいのがいいもんな。
「いつか会いましょう」と言う投げかけに「5日ですか?調整しましょう!」と言って話をまとめてくれるような実行力が大人には必要だし、それができる人はかっこいいなぁと思う。
父親4人、子ども不在の父親参観。育児と家庭、仕事と趣味、たくさん笑った。
メニューに「ズコット」という名前のケーキが載っていた。オシャレそうだったのでイタリアあたりのケーキだろうなと思ったら、やっぱりイタリアだった。しかもトスカーナ地方のフィレンツェで、ルネサンス期に誕生したらしい。人は情報を食っとる。
ズコットがかなり気になったけど、僕は大好きなアップルパイに夢中で、ズコットの写真は撮り忘れた。人は好きなものを撮る。
カフェで飲み食いした分をチャラにすべく撮り歩く。途中、雨宿りがわりにMAPカメラに立ち寄った。欲しいなぁと思うカメラがある人間にとっては禁足地とも極楽ともとれる場所だった。
もう何も言うな、という力がある。
"ごほうび"という面構えをしている。
「美味いジンギスカン屋があるんで…」
そんなうまい話にホイホイついて行って、いい思いをする。前向きで健全でお腹いっぱいで最高だ。
ジンギスカンを食べながら家族や友人の顔を思い浮かぶ。「あの人にも食べてもらいたいな」いいお店は、こうやって人が人を呼ぶんだと実感できた。今回、僕はバトンを受け取った側だったけど、このバトンを僕も誰かにつなぎたい。食べながら既に次に食べる日のことを想像していた。
やっぱり、してもらって嬉しかったこと、いい出来事は誰かの手に譲り渡していきたい。
楽しかったのであっと言う間に時間が過ぎる。
21時、それぞれの帰路につく。
4番線ホーム、湘南新宿ライン高崎行き。
籠原で止まり、念のため辺りを見回した。