
春色の汽車に乗って向かうのは海だけれど、春色のバスはやっぱり山だろうな。色を添えるのは赤いスイートピーではなく黄色のヤマブキだ。
桜とともに、ヤマブキは山に春が来たことを教えてくれる。
連休の合間、妻の地元のお祭りへ。子どもの頃、家族や友だちとお祭りに参加することが恒例行事だったらしい。妻の思い出話を辿りながら、境内の奥へと進んでいく。


初めて見る様式の鳥居だ。調べてみると「黒木鳥居」という名称らしい。樹の皮を剥かずそのまま作られている。素朴な感じで、それがまたなんとも趣があっていいな。よく観察していると鳥居上部にポコッとなんか付いている。

キノコだろうか。霊験あらたかな感じがある。

この鳥居は、宮司ご一族の氏神様の鳥居にあたるらしく、お祭りのあった神社の鳥居はまた別のものらしい。こういうその土地の人じゃなきゃ知らない話を聞けるのも楽しい。



この地域にそびえる浅間隠山、通称 矢筈(やはず)山にちなんだ集まり―"やはず会"。義実家に帰ると、その名前だけはよく耳にしていた。「やはず会の寄り合いだ」と出ていくお義父さんを見送ることも何度か。名前は聞くけど姿は見えず。秘密結社か特命組織か、その正体は地域を盛り上げるオッチャンとご婦人たちだった。初めて活動しているところを見てちょっと感動した。

矢筈は弓の弦をひっかける溝の部分。矢筈山はその形にちなんだ愛称らしいけれど、矢筈そのものと言ううより、矢筈紋という家紋からきているのかも知れない。画像検索した矢筈紋と矢筈山を見比べて合点がいった。




やはず会による屋台。お祭り定番の屋台メシとくじ引き。おっちゃん達の紙コップの中身はお茶ではなく、トクトクトクっと注がれた透明な液体が波打つ。



紙コップで一杯やりながらお祭りを運営していた。この人たちの場合、一杯ではなくイッパイなんだよな。いい雰囲気で、こういうお祭りならやる方も、来る方もみんな楽しいだろうなぁと思った。


立派な大杉。壮観で花粉症であることを忘れさせてくれる。



神楽も奉納されていた。目の前で神楽を見るのはたぶん初めて。子どもたちは神楽の面が怖いようで僕や妻の後ろから様子を伺ってた。神楽や能面、獅子舞とかって子どもにしてみれば怖いだろうな。なんか、ワルモノなんだかイイモノなんだか分からない。神様や自然って本来そういうもんだったりするからなのかな。人がどうこうしようってもんじゃない。


神楽のヤマ場で餅まきがあった。ちびっ子にはお菓子もまいてくれるらしい。怖がっていたけど、餅まきになったら前に出て待ち構えていた。
無事にお餅とお菓子を手に入れてご機嫌だった。


上州名物 焼きまんじゅう。よくある話だけど、群馬県民がしょっちゅう食べるかっていうとそうじゃない。たまに食べたくなるアノ味というのがマッチする。屋台でまんじゅうを焼いていたオッチャンが妻と義姉の顔みて「どっかで見たことあると思ったら〇〇んとこのかー」と。おっちゃんは同級生のお父さんらしい。こういうのが地元の祭りの醍醐味だなぁ。




「ここ来たことあるかも。懐かしい感じがするね」境内を歩きながら息子が言った。まぁ勘違いなんどけど、来たことあるかも知れないなぁと答えた。息子に流れる血の半分が懐かしがっているのかもしれない。
初夏のような陽気と、田舎の風。そういう雰囲気は小さな子どもにも懐かしさを感じさせるものなのかな。






妻と義姉が来てよかったね、と思い出ばなしに花を咲かせていた。地元の友だちであろう名前が挙がる度に二人して楽しそうに笑っていた。

今までも春に義実家に帰ると「祭の仕事がある」と言ってお義父さんが時々出掛けていたことがあった。あれはこんなに楽しいお祭りだったんだなぁ。そりゃ何年も参加し続けるわけだ。僕の家族はいいところで育ったんだなぁと嬉しくなった。
「こんなに楽しいんだ。また来たいね」
息子に流れるもう半分の血の方も嬉しそうだった。
お祭りって、家族や地域の人たちを繋ぐものだったんだろうな。よく見聞きするフレーズだけど、春先にやったうちの地域のお祭りと、今回の妻の地元のお祭りでそれを実感できた。いいもんだな。