朝焼け3.7

目の届く範囲の、日記みたいな写真を撮っています。

春のうた

ホタルイカが食卓にのぼった。春なんだろうなぁ。時季を問わず色々な食材を食べることが出来る時代だけれど、旬のもの食べると腹も心も満たされるような気がする。

今日食べたのはホタルイカブロッコリーの芯のアヒージョ。イカ特有の生臭さがニンニクとオリーブオイルで消えていてうまかった。ブロッコリーの芯を食べない人もいるかも知れないけれど、このアヒージョに入れられた芯は絶品だった。芯の芯たる所以でもあるシャキシャキ感はホクホク感に変わっていて、これは捨てる部位ではなくメイン食材としてラインナップされてもいいと思う。

 

僕はどうやら、旬とか野菜で心躍る体になってしまった。人の好みには一定の時間をかけてゆっくりと作り上げられる種類のものがあって、旬を愛でたりするのもきっとその一種だと思う。

音楽の授業でやった『早春賦』で

春は名のみの風の寒さや

という歌詞があるけれど、小中学生の時にこの詞に触れて心が動く子がいたら割りと神童だと思う。あれからウン十年。今、早春賦の歌詞を見てみるとなんていい歌詞だなと感心する。

「大人になれば分かるよ」とか「経験が足りてないだけ」とかいうような年齢や経験則を盾にした話はあまり好きではないけれど、時間の経過や経験によってつくられる価値観みたいなものはあると思う。薬味の話とか、保険の話とかそういうのもね。

僕はここ数年で季節のちょっとした変化に(いい意味で)心が動くようになった。字にすれば「もうすぐ春だよ」とか「あったかくなったね」くらいの事なんだけれど、それを写真に残そうと思うと難しくもとても面白い。いわゆる機微といわれるものだ。それを感じて撮ることが、好きなんだとわかりはじめた。

 

 

季節のうつろいが見せる些細なことや、日々の小さなできごとに支えられているということに気づけたのはいいことだ。それを見つけられた写真てのはいい趣味だと思う。